FC2ブログ

A&D DA-F9000(その2)


待望のA&D DA-F9000が、駆け込み寺の救世主様から戻って参りました。


師曰く・・・

・外観はかなり綺麗です。この年代としては奇跡的な美しさでしょう。

・内部は綺麗な状態で、手を入れられた状況(修理や改造など。)は確認で
 きませんでした。

・各部DC電源電圧は正常でした。電解コンデンサーもまだ交換しなくても
 大丈夫でしょう。(5年位はもつと思う。)

・FMフロントエンドとIF部の再調整で少し感度が上がりました。
 DA-F9000 のレベルメータで1段(=2LED分)分。

・クォードラチュア検波部で200mV分の調整ズレがあったので、これを再調
 整しました。同調精度が向上しました。

・PLL検波部で300mV分の調整ズレがあったので、これを再調整しました。
 歪率が向上しました。

・MPX部でVCOズレを再調整しました。ステレオセパレーションが向上
 しました。

・DCアンプでDCバランスが100mV分の調整ズレがあったので、これを再
 調整しました。

・AMフロントエンドとIF部の再調整で少し感度が上がりました。
 DA-F9000 のレベルメータで2段(=4LED分)分。

・実際の受信状態にも問題ありません。


以上でした。チューナーの様な高周波機器は、知識・技術・測定装置の三拍子が揃わないと調整が出来ません。そして、その音質は・・・

今、NHK・FMでモザイク・クワルテットのハイドンを聴いていますが、実に透明で美しい弦の音です。余韻が綺麗に尾を引いて消えていきます。

有難いことです!・・・素晴らしい製品が見事に蘇りました。

送り出し側のソースの質が高ければ高いほど、真価を発揮するマシンだと思います。
黙って聴かされたら、CDの音と勘違いするかもしれません。(^^♪


駆け込み寺の救世主様には、この場を借りて更めて感謝申し上げます。

スポンサーサイト



辛い時に聴く音楽(>_<)


辛い時には音楽を聴く気にもならないかもしれませんが・・・聴くならば、どの作曲家でしょうか?

私の場合は・・・ブルックナー、モーツァルト、ベートーヴェン、マーラーですね。
どれか一つにしろと言われたら、ブルックナーかモーツァルトで迷いますが、ブルックナーにします。

実際、苦しかった時にそうだったのです。

苦しい時に、ブラームスやチャイコフスキーはあまり聴かないです。でも、暗いマーラーは聴いてしまうのです~これって危険かも。


気障っぽいですが、自己分析してみると・・・


ブルックナーには「慈愛」と「救い」を、

モーツァルトには「愉悦」と「慟哭の美学」を

ベートーヴェンには「憧憬」と「意志の力」を

マーラーには「退廃美」と「嘆きの共有」を

主に求めているのではないかと思います。


一方、苦しみから抜け出しそうな時に、よく聴くのがシベリウスですね。

シベリウスには「大自然の息吹」と「安息」を求めているのでしょう。


何を聴くか・・・人それぞれなのでしょうけど、ある程度の傾向はありそうな気がします。

皆さんは如何ですか?




※写真は昭和音楽大学の新校舎・コンサートホール(新百合ヶ丘)です。平成19年4月開校予定。
 杮落としが楽しみです(^^♪

ベートーヴェン・交響曲第9番


ベートーヴェン・交響曲第9番ニ短調

ラファエル・クーベリック指揮/バイエルン放送交響楽団・合唱団
ヘレン・ドーナト(ソプラノ)
ブリギッテ・ファスベンダー(アルト)
ホルスト・ローベンタール(テノール)
ハンス・ゾーティン(バス)
(ORFEO C207891B)CD・ステレオ・録音:1982年5月14日、ミュンヘン・ヘラクレスザール


年末だから第9を聴かなければならないという訳・・・ですけど~(^^ゞ。
下手なコンサートに行くよりも、CDの方が良いですよー!

さて、本題です。

嗚呼、何という格調高き交響楽!

響きは常に余裕をもってオケの鳴りは深い。
オーソドックスな名演として、お薦め出来る逸品だと思います。

誰しも第9を聴き終えた満足感で満たされることでしょう。

音質もライブ録音の臨場感が豊かで良いです。

「のだめカンタービレ」のドラマ版小説化


arzt7さんのブログで「のだめカンタービレ」のドラマ版小説化の話題が出ていました。
面白いので、少々、遊ばせて下さい。(^^♪

のだめの部屋で、千秋がキノコを見つけるシーンは、
小説なら、こんな感じで如何でしょうか・・・


千秋がのだめの部屋に入ると、辺りにはこの世のものとも思えぬ異臭が立ち込めていたのだった。
千秋は悪心(おしん)と眩暈(げんうん)感に襲われて蹌(よろ)めき、やっとの思いで足許に目の焦点を合わせたところが・・・

すると、そこには日々の生活の残骸どもが一面に散乱・堆積し、見事に地層を形成していた。
まさか、夢の島にワープしたのだろうか~~~我が目を疑う千秋。

恐る恐る洗濯物を手に取ると、裏にはあろうことか元気なキノコが生育中・・・愕然。呆然。

遂にプッツンした千秋は・・・


という感じですかね。(^^ゞ

すみません・・・何か、悪趣味になっちゃいました。
のだめに免じて、ご容赦下さーい!(^_^;)

ベートーヴェン・交響曲第9番


ベートーヴェン・交響曲第9番ニ短調

カール・シューリヒト指揮/フランス国立放送管弦楽団・合唱団
(RARE MOTH RM444M)CD・前半2楽章ステレオ、後半2楽章モノ・録音:1965年6月15日、パリ

シューリヒト最晩年の第9。


パリ音楽院管弦楽団を振ったものは、高いテンションの中、夫々のパッセージが絶妙の間合いで奏され、清澄な空間に楽想が立体的に展開するバランス感覚に富んだものでした。


そしてこの第9は、シューリヒトにベートーヴェンが憑依したかの如く、冒頭から尋常ならざる緊迫感に溢れています。鋭利な刃物で深く切り捌いていくかの如く…しかも、それが終始貫徹しているのです。


輝かしき峻厳、名高きベートーヴェンの解釈。


畏怖を感じる第9。只管高みに上り詰めて行く、この高揚感は比類がありません。



フルトヴェングラー・フリークにも、是非、聴かせたいベートーヴェン。

録音(テレコの接触不良?)の問題で、第2楽章の終結部に僅かに欠落があり、第4楽章にも音量が極端に落ちてしまう部分(数十秒)が4箇所ほどありますが、この演奏の価値からすれば些細なことです。

モーツァルト・ピアノ協奏曲第27番


モーツァルト・ピアノ協奏曲第27番変ロ長調K.595

カール・リステンパルト指揮/ザール室内管弦楽団
ミシェル・ベグネル(ピアノ)

ERATO WPCC-5719
CD・ステレオ・録音:1965年7月、リバン聖母教会、パリ

速めのテンポでサラッと流していながら、凛としたモーツァルトの美しさを聴かせてくれる、知る人ぞ知る名演です。


リステンパルトは、戴冠ミサでも地味ですが構成感のしっかりした演奏を残しています。
この速めのテンポは、ベグネルとのコラボで必然のテンポだったのでしょう。

ベグネルは、清澄な音を持つ実力派のピアニストだと思いますが録音が少ないのです。
ショパン・ノクターンのCDもあるそうですが、今の店頭等には見当たりません。何とそこでは、ショパンが弾いたらしいというピアノ”Piano Pleyel 1836”(プレイエル)を使用しています。
見つけたら、是非、購入したいですね♪。他にハイドンの協奏曲やソナタ等の録音もある様です。

ベグネルのピアノから、まず感じるものは純潔です。表面を殊更飾ることはせず、タッチは整然として闊達で・・・さりげなく、深い心情を表現するのです。



清々しく、しかし、儚く心に残るモーツァルト。




カップリングの第25番も、同様のアプローチで曲調を生かした好演だと思います。

A&D DA-F9000(その1)


A&D DA-F9000(FM・AMチューナー)

A&DはAKAIとDIATONE(三菱)が共同で立ち上げたブランドですが、今は残念なことになくなってしまいました。このチューナー、音が良く作りも良いとの情報をひろくんさんのホームページから教えて頂きました。

詳しくは「ひろくんのホームページ」の当該記事をご覧下さい。
http://nice.kaze.com/~hkita/da-f9000.html


早速、ヤフオクでゲット。偶々、程度の良い出物がありラッキーでした。
バッファーアンプにDCアンプを使う等、かなりの拘り設計になっています。


逸る気持ちを抑えつつ、繋いでみると、まず低音の出方に驚きます。凄く低い音まで再現されるのです。
これは掘り出しものでした!

ところが暫く聴いているうちに・・・最初は音がクリアですが、サシスセソが強めで歪がある様な感じがし始めました。ただ、ポテンシャルは相当高い音なのです。

う~ん、やはり20年選手の年代ものなので、調整等をしなければ駄目かなと・・・しかし、A&Dのメンテを引き継いだ三菱電機に問い合わせた処、年代の比較的新しいテープレコーダーについては部品を持っているものの、チューナーについては調整も含めて難しいとの回答でした。

結果は駄目でしたが、三菱電機の担当の方には、大変、誠実な対応を頂きました。流石、大手です。


さて、実に困った・・・困った時の神頼み、駆け込み寺の救世主にお願いすることにしました。

F9000君がリフレッシュして帰ってくる日を、今、心待ちにしております。
旧いものでも、良いものは大切に使わねば!

モーツァルト・ピアノ協奏曲第14番



モーツァルト・ピアノ協奏曲第14番変ホ長調K.449

パブロ・カザルス指揮/ペルピニャン祝祭管弦楽団
ユージン・イストミン(ピアノ)
(SONY SMK58984)モノラル・録音年月日1951年7月20日

第27番とカップリングされているものですが、大変、素晴らしい演奏なので別途、記事に致しました。


第1楽章

冒頭のオケから歌うが如く語るが如く、凛とした格調の高さ…今ここに只管美しいモーツァルトの世界が始まります。イストミンのピアノも、驚くほど表現の幅が広く非常に綺麗な音で素晴らしいです。実にワクワクする演奏。


第2楽章

何とも至福を感じるモーツァルト。この演奏は尋常ではありません。恐ろしく高いレベルで指揮者・オケ・ピアノが一体化しているのです。イストミンのピアノ…正に眼光紙背に徹していて、音楽が細部まで自分のものになりきっているのです。即興的でいて、深い思索を感じさせる、得も言われぬ輝かしさを持った演奏です。


第3楽章

イストミンの軽妙で自在なピアニズムには舌を巻きます。カザルスのサポートも息がぴったりと合っており、隙のない、真に協奏曲です。



いつまでも浸っていたい・・・どこまでも優美なモーツァルトの世界。

モーツァルト・ピアノ協奏曲第27番



モーツァルト・ピアノ協奏曲第27番変ロ長調K.595

パブロ・カザルス指揮/ペルピニャン祝祭管弦楽団
ミエチスワフ・ホルショフスキ(ピアノ)
(SONY SMK58984)モノラル・録音年月日:1951年7月10、11、17日

カザルスらしい麻の布地の様な肌触りのモーツァルト。カザルスの表現意欲が、ゴリッとした弦の響きとして、顔を覗かせます。これはカザルスのアイデンティティーとも言える、微笑ましいものですね。

ホルショフスキは派手さのない滋味溢れるタイプのピアニストで、カザルスのしっかりしたサポートも相俟って、聴き応えのある音楽が奏でられます。


第1楽章

飾らず気取らない、真心のモーツァルト。ホルショフスキが入りでいきなり大きくミスタッチ(87小節)して驚かされますが、その後は真珠の様に底光りする美しさで、大家の貫禄を感じさせる精妙なピアニズムを聴かせます。
カザルスの指揮もぶっきら棒な様でいて深い抉りがあります。旋律の歌わせ方にも心を通わせ、爽やかで優美な響きをも堪能させてくれます。


第2楽章

ひとつひとつ噛み締めるかのように…誤魔化しのない真摯な表情が印象的です。静寂の中に純化された佇まいが、孤独よりも温かさを感じさせます。


第3楽章

飾らず気取らないのはこの演奏の底流ですが、この「春への憧憬」は素晴らしい。楷書と草書がブレンドした様な、ホルショフスキの美しい単音と流麗なパッセージ…五線譜の上を自在に飛び廻っているとでも言いましょうか…ブレーク・スルーしています。
カザルスのサポートも終始見事の一言。


これぞ、真に名人芸のモーツァルト。


レチタティーヴォ「私にあなたのことを忘れるようにと?」とロンド「心配しないで下さい,愛する人よ」K.505もカザルスお気に入りの曲でしょうか…見事な演奏です。

尚、ピアノ協奏曲第14番は別途、記事に致します。

モーツァルト・ピアノ協奏曲第27番


モーツァルト・ピアノ協奏曲第27番変ロ長調K.595

ダニエル・バレンボイム指揮&ピアノ/イギリス室内管弦楽団
(EMI 7243 5 69821 2 3)

モーツァルト最後のピアノ協奏曲、K.595。
数多くの名盤が犇く中、私の印象に強く残る演奏のひとつが、このバレンボイムの弾き振り盤です。

細部にまで神経が行き届いて、静謐と憧憬が様式美の中に鏤められていきます。
バレンボイムは研ぎ澄まされたセンスで、オケをコントロールしつつ、ピアノを胸に迫る美音で響かせるのです。
アーティキュレーションの上手さなど、かくあるべしといった風情です。


妻ジャクリーヌ・デュ・プレの不治の病が、どれほどバレンボイムの繊細な心を苛んだことか・・・
しかし、この演奏は深い優美さに包まれています。

これは、デュ・プレへの愛が生み出したものかもしれません。

因みにデュ・プレが多発性脳脊髄硬化症との診断を受け、チェロ演奏家として引退を余儀なくされるのが73年のことで、このK.595のリリースが74年です。苦悩の最中に、録音されたものなのでしょうね・・・。




異演盤~フリッチャイ/ハスキル、シューリヒト/カザドシュ、ベーム/バックハウス、カザルス/ホルショフスキ、リステンパルト/ベグネル、等々の演奏について、都度、記事にしたいと思います。

クライバーのウィンナ・ワルツ集



カルロス・クライバー指揮/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

1992年ニューイヤー・コンサートのライブ録音
SONY CLASSICAL SK48376

「のだめカンタービレ」効果で、新宿のタワレコでもC.クライバー/バイエルン国立のベートーヴェン・交響曲第7番が飛ぶように売れているとか・・・。

という訳でと言うか、何故か、久しぶりにクライバーのウィンナ・ワルツが聴きたくなってしまいました。元々、私はウィンナ・ワルツがとても好きなのです。

クライバーらしくドライブの掛かった良い演奏ですね。歌わせるところは、「のだめ」ではないけれど、真にカンタービレ!とろけそう~(^^♪


このCD、非常に音が鮮明でライブの雰囲気が生々しく伝わってきます。

水芭蕉


む~ちゃんさん、お薦めの逸品です。有難うございます!
あまりにも素早く、買ってしまいました(^^ゞ。

水芭蕉 吟醸

谷川岳(永井酒造の別バージョン)番外品 純米吟醸別囲い
 酒度 プラス4 精米歩合50% Alc15~16度 美山錦、五百万石

これは年末・年始用のつもりです^^;。

バッハ・無伴奏チェロ組曲


バッハ・無伴奏チェロ組曲

チャバ・オンツァイ(チェロ)



この曲をこの様に演奏することは、非常に難しいことだと思います。

過去の大家がいくつもの名演を残していて、それらに及ぶことも至難の技です。


オンツァイのこの境地は、無我、無欲・・・恰も高僧や仙人がチェロを弾いているイメージと言えば良いでしょうか・・・。

驚くべきことに自己主張というものが感じられないのです。「曲をして語らしめる」~それを実践している、ありそうで滅多にない演奏だと思います。音楽を演奏する際には、主観が必ず入り込みます。しかし、客観がどうしても必要なのです。この演奏は、その主観と客観のバランス感が絶妙なのです。


大家の演奏は、そのアイデンティティーとしての解釈があります。カザルスならカザルスの、ロストロポーヴィッチならロストロポーヴィッチの、解釈・個性というものが演奏に色濃く反映されるものです。

無論、それはそれで見事です。


しかし、オンツァイは、ここに謂わば無為自然の解釈を施したのです。
ひとつの音符すら蔑ろにしない、無為自然の解釈。

今、この演奏はこの曲に新たな光を当てています。簡潔でいて深く、美しい自然と同化するような響き、趣き。
空気や水のような感覚で惹き込まれる、その何か、そこはかとない流れが、この演奏にはあるのです。

耳を澄ますと聴こえてくる自然からの啓示。いつまでも、こうして、ここに居たい・・・。

バッハはたったひとつのチェロという楽器で、精緻なゴシック建築を創造しました。
ここで・・・そのゴシック建築は、自然の中、水晶の様に透明な造りで現れて来ます。


この演奏は、以前、サントリー・ウイスキー「山崎」のCMに使われていたのですね。
サントリー宣伝担当の見識には頭が下がります。サントリーは水(自然)の重要さを訴えんが為に、この演奏を選んだのでしょう。


この演奏は非凡です。本当に素晴らしい!こういう演奏が可能であることを、私に教えてくれたのです。

チャバ・オンツァイに心から感謝します。


録音も素晴らしく、チェロの豊かな胴鳴りを伴う深々とした響きが、透明感を持って捉えられています。

マーラー・交響曲第6番「悲劇的」


マーラー・交響曲第6番イ短調「悲劇的」

ミトロプーロス指揮/ケルン放送交響楽団
(FONIT CETRA DOCUMENTS DOC5)アナログレコード・モノ・録音:1959年8月31日

ワルター、クレンペラーといったマーラー直系の指揮者ではありませんが、一種の憑依型の演奏で、嵌ると大変なことになる指揮者です。

複雑なスコアでも、ミトロプーロスはリハーサルから暗譜で指揮したと言いますから、恐らくこの曲もそうだったのでしょう・・・しかし、超人的な記憶力です。

リハーサル中にミトロプーロスが手で顔を覆っている姿を見て、
ある楽団員同士の会話・・・

楽団員A:「彼は何をしているのですか?」

楽団員B:「頭の中でスコアをめくっているのです!」

~鏡の様な記憶力を示す逸話ですね。


この演奏、第1から第3楽章までは色々と表情を付けたり、アゴーギクを執拗に掛けたりするのが少々態とらしく聴こえますが、第4楽章に至ってミトロプーロスが表現したかったことが真に迫って分かります。

第4楽章は、テンポの変動は相変わらずですが、ミトロプーロスならではの洞察力が威力を発揮して、曲想に合わせた高揚感を見事に創り出しています。オケの縦の線が合わなかったりと荒削りですが、のた打ち回る弦と叫ぶ金管、鋭角的・電撃的な表情、これはこれで説得力のある一つのマーラー像を浮かび上がらせています。

この演奏から、バーンスタインに受け継がれていくマーラー演奏の系譜を見る(聴く)ことが出来ます。

録音状態は、鑑賞に十分耐える程度です。
マーラー・フリークは、聴いてみるべき演奏だと思います。

モーツァルト・レクィエム


モーツァルト・レクィエムニ短調K.626

ブルーノ・ワルター指揮/ニューヨーク・フィルハーモニック
 イルムガルト・ゼーフリート(ソプラノ)
 ジェニー・トゥーレル(アルト)
 レオポルド・シモノー(テノール)
 ウィリアム・フィールド(バス)
 ウェストミンスター合唱団(ジョン・ファインリー・ウィリアムソン合唱指揮)

(CBS SONY 15AC662)録音:1956年3月10、12日モノラルLP


ワルターは一見柔和でロマンティスト、時にテンポがないとか批判されていますが、内面は非常に厳しい人ですね。

ワルターは、1947年から1949年までニューヨーク・フィルの音楽顧問でしたが、これはその後の録音です。(別途、記事にしたミトロプーロスが、ワルターの後、同オケを引き継ぐことになるのです。)

晩年のコロムビア交響楽団との演奏も立派(特にマーラーの「巨人」やベートーヴェンの「田園」)ですが、ニューヨーク・フィルやウィーン・フィル、ベルリン・フィル等を振ったものも素晴らしく、素直に心に滲みてくる気がします。


ワルターは、ウィーン・フィルから最も敬愛された指揮者の一人だったそうです。
マーラーの弟子・親友でもあり、同曲の演奏でも多くの名演を残しています。クレンペラーも同じユダヤ系且つマーラーの弟子で、その演奏も素晴らしいですが、音楽表現スタイルは著しく異なります。


ワルターのリハーサルは、怒号が飛ぶようなものではなかったと言われます。
演奏表現がまずい時、ワルターはウィーン・フィルを前にして、しくしくと泣いたそうです・・・曰く「何故、貴方達は美しい音を出さないのですか?もっと歌って下さい」と。


レクイエムK.626・・・死者を弔う「鎮魂歌」、モーツァルト最後の作品~一部、弟子のジュスマイアの補筆等という見解もあり。


このワルターのモツレク、声とオケが一体となって美しき魂の叫びと祈りを描いています。オケに恐怖政治体制を敷くことなく、これだけの表現を成し遂げてしまう人間性・カリスマ性には真に敬服します。

モツレクはウィーン・フィルとの録音2種(1937.6.29及び1956.7.26)もありますが、個人的にはストレートな厳しさ・輝きに満ちた、このニューヨーク・フィル盤が好きです。

ウィーン・フィルとのアイネ・クライネ・ナハト・ムジークや弾き振りしたK.466の、あの甘美な世界が・・・この演奏の、どこか根底にある気がします。



ワルターの厳しさに裏打ちされた夢見るようなロマンティシズム。

チャイコフスキー・交響曲第5番


チャイコフスキー・交響曲第5番ホ短調

ディミトリ・ミトロプーロス指揮/ニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団
(CBS P14199)アナログレコード・擬似ステレオ・録音:1950年代

ディミトリ・ミトロプーロス(1896.3.1 - 1960.11.2)は、主にアメリカ合衆国で活躍したギリシャ人の指揮者・ピアニスト・作曲家。
1951年からニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団の首席指揮者に就任し、1957年にレナード・バーンスタインに後を譲るまでの間、交響曲第6番「悲劇的」を含むマーラー作品を、アメリカ合衆国に本格的に紹介するなどの功績がありました。

マーラー演奏については、バーンスタインの師匠的存在だったのです。

私の好きなマーラー交響曲第6番「悲劇的」、ミトロプーロスが振った演奏については、別途記事にしたいと思います。

また、新ウィーン楽派などの現代音楽にも優れた解釈を持っていました。ベルクの歌劇「ヴォツェック」の演奏は、当代一流のものと言われています。

さて、本題のチャイコフスキーですが、ロシア系の指揮者やオケでなく、何故にミトロプーロス/ニューヨーク・フィルなのかと疑問に思われた方も多いかと・・・。

それは掘り出し物感覚です(^^♪~しかし、この演奏、俊敏で充実した響き、チャイコフスキーの旋律美が見事に詠われています。ミトロプーロスの脳細胞から、ダイレクトに音が出てくるイメージとでも言うのでしょうか・・・ドライブの掛かった名演だと思います。

ミトロプーロスの記憶力の凄さは「鏡の様な記憶力」として有名で、複雑なスコアもリハーサルの時から暗譜していたそうです。このことが、創り出す音楽に一種のダイレクト感を齎していたのかもしれません。

シューベルト・交響曲第8番「未完成」


シューベルト・交響曲第8番ロ短調「未完成」

ハンス・クナッパーツブッシュ指揮/ベルリン放送交響楽団
(MELODRAM MEL216(2))アナログレコード・録音:1950年

悠揚迫らざる、自然体の「未完成」超名演です。
久しぶりにLPを取り出して、更めて甚く感動致しました。

あの燃え立つようなブラームスの交響曲第4番を振った同一人物とは思えない程、表面はごく自然な流れとなっています。この自然体の中で、様々なパッセージに籠められた感情移入が尋常ではなく、圧倒的な説得力と迫真性を持っています。

クナという指揮者は、とてつもないことをやってのけてしまうのですね。
個人的にはクレンペラー、シューリヒトと雖も、このクナの「未完成」には及ばないと思っています。

極めて完成度の高い「未完成」です。

モノラルながら、鮮明な音質となっています。

モーツァルト・ヴァイオリンソナタ集


モーツァルト・ヴァイオリンソナタ第25番ト長調K.301
                   同第28番ホ短調K.304
                   同第34番変ロ長調K.378
                   同第35番ト長調K.379

オーギュスタン・デュメイ(ヴァイオリン)
マリア・ジョアオ・ピリス(ピアノ)
(DeutscheGrammophon POCG-1489)録音:1990年7・8月、1991年5月

旧くはグリュミオー&ハスキルのコンビが息の合った絶妙な名演を残していますが、近年ではこのデュメイ&ピリスの演奏が私のお気に入りです。

ピリス持ち前の細やかさと音色の美しさに加えて、デュメイとのコラボレーションが求心力を高め、聴き応えのあるモーツァルトに仕上がっています。

グリュミオー&ハスキルがロココ調の美だとしたら、ピリス&デュメイは近代の美でしょうか・・・。

特に28番の第2楽章は、モーツァルトの「虚無との対話」を意識させます。しかし、この簡潔極まりない筆致の中で、深い心の淵を表現するとは!

やはり、演奏家にも相性というものがあるのでしょうね。ソロの上手い人をくっつけたからといって、必ずしも結果が良いとは限らない。自己表現しつつ、相手の音楽にも耳を澄ます謙譲の美徳、当意即妙に反応する俊敏さもないと駄目なのでしょう。インタープレイでお互いに音楽を高めあう演奏、素晴らしいです!

結婚もそうでしょうか?割れ鍋に綴じ蓋カップルでもO.K.・・・!?

オーディオ的にも非常にクリアな音で、25番と28番は、目の前で演奏されている錯覚に陥ります。ヴァイオリンを構えた気配、息遣い、体を動かした時の響きの変化が捉えられており、擦弦の生々しさ、胴鳴りもリアルです。ピアノも珠を転がす様に美しく収録されています。

34番と35番の方が、ややオフマイク気味に聴こえます。その分、ステージ上の演奏会のイメージが強くなりますが、それはそれで良い音です。恐らく91年5月の録音がこちらで、ホール、スタジオ、機材、マイク配置等の録音条件が異なることが分かります。

モーツァルト・ピアノ協奏曲第18番


モーツァルト・ピアノ協奏曲第18番変ロ長調K.456
            同第25番ハ長調K.503

フー・ツォン(ピアノ)
イェジ・マクスィミュク指揮/ポーランド室内管弦楽団
(Fidelio 1870)

フー・ツォン/傅聰/Fou Ts’ong1934年3月10日、上海生まれ。
1955年、第5回ショパンコンクール3位でマズルカ賞受賞、その際の1位はハラシェヴィッチ、2位がアシュケナーでした。因みに10位に田中 希代子が入っていました。

フー・ツォンは中国文化大革命で両親を失い、中華人民共和国への帰国を断念、1960年からロンドンに拠点を移して演奏活動を続けました。

ヘルマン・ヘッセは「フー・ツォンのショパン、それは一つの奇跡だ」と絶賛を惜しみませんでした。

彼のショパン、特に夜想曲集は止むに止まれぬ想いの丈を籠めた名演だと思います。運命の悲哀、祖国への郷愁、喪失感、焦燥感といったものが、激しく彼を突き動かしている様に聴こえます。
ショパンの情念が憑依したかの如き演奏には深く惹き込まれる魅力があり、言葉を失う程に感動的です。

そして、このモーツァルト2曲・・・凛とした美音が粒揃いに並んで、彼ならではの洞察力を感じさせる演奏が繰り広げられます。知・情・意のバランス感が絶妙で、生き生きとした音楽に心を奪われます。

指揮のイェジ・マクスィミュクも過不足のないサポートが見事で、フー・ツォンのピアノとしなやかに且つ緊張感を持って一体化しています。

18番は、ワルター・クリーンも水晶の様なタッチで室内楽的な透明感のある演奏を残していますが、指揮者やオケが今ひとつです。このフー・ツォン盤は、ピアノ・指揮者・オケの三位一体で瑞々しく直観力に溢れた演奏だと思います。

25番は、旧いところでエドウィン・フィッシャー(ピアノ)&クリップス指揮/フィルハーモニア管の堂々たる名演がありますが、フー・ツォン盤も、静謐・清澄さと立て板に水のピアニズムの対比が素晴らしいです。

フー・ツォンには弾き振りのジュノームもあり、別途、記事にしたいと思っております。

のだめカンタービレ~ヴィエラ先生の正体?




公式ホームページを見ても、このヴィエラ先生が何という名前の俳優なのか出ていません。

怪しい(ーー;)・・・

ヴィエラ先生と幼少期の千秋との件は、海外ロケ=プラハだった・・・

もしかして、ヴィエラ先生って、あのチェコ・フィルを振っている指揮者のズデニェク・マーツァル(画像参照)ではないでしょうか?顔・髪型・頭の形が瓜二つなのです!

第1回放映時、ヴィエラ先生の指揮姿のシーン、ホールはプラハ「芸術家の家」ドヴォルザークホールでした。
千秋もそう述懐していましたね。愈々、マーツァルではないでしょうか。それとも、そっくりさん?

ストーリー中を流れるベートーヴェンの交響曲第7番は、マーツァル/チェコ・フィルの可能性もあります。ただ、CDは、国内盤では出ていない様です・・・海外盤ではどうなのでしょうね?

kontora423さんが仰る様に、この番組のため招集された学生・若者さん達かも?ただ、オケ団員の大半は東京都交響楽団で、それプラス募集の方々だそうです。それにしても、第1楽章の一部分だけなので、ちょっと何とも言えませんよね。マーツァルの指揮も聴いたことがないので分からない・・・これは何とか突き止めたくなってきました!

芋焼酎「赤兎馬」


ぴーこさん、お薦めの芋焼酎「赤兎馬(せきとば)」。有難うございまーす。

なかなか関東地方では手に入らず、地元九州の倍以上の値札が付けられていることもしばしばとか・・・。今回、偶々ネットで購入できました~ラッキー(^^♪。

美味しい!芋の香りがふんわりとして、すっきりとしていながら力を感じる味わいです。

薩州「赤兎馬」について

厳選された良質のさつまいも(黄金千貫)を丁寧に選別し、熟していないもの・傷んでいるもの等を手作業で取り除きます。仕込み水には、鹿児島県特有の火山灰土(シラス台地)の地下数百メートルから湧き出す天然水を使用。

蒸留仕上がったベースとなる原酒を、ゆっくりと寝かせ、仕上げにに力強い味の若い原酒をブレンドして漸く「赤馬兎(せきとば)」という名を付けられます。
因みに「赤兎馬」とは、三国志に登場し”一日に千里走る”と言われた名馬の名前です。

マーラー・交響曲第6番「悲劇的」


マーラー・交響曲第6番イ短調「悲劇的」
ハインツ・ボンガルツ指揮/ライプツィヒ放送交響楽団
(WEITBLIK SSS0053-2)

ハインツ・ボンガルツ(1894-1978)は旧東独の指揮者ですが、録音に恵まれていない為、知らない方も多いかと思います。アーベントロート、コンヴィチュニー等と略同時期に活躍した指揮者です。

旧東独のマーラー指揮者と言うと、テンシュテットやケーゲルがまず頭に浮かびますが、このボンガルツもマーラーについて一家言ありました。ボンガルツはドレスデン・フィルの主席指揮者を長く務め、同オーケストラの名声を一躍高めた指揮界の重鎮でした。

マーラーの6番は異演盤を多く持っていますが、今までのところはノイマン指揮/チェコ・フィル(CANYON PCCCL-00304)の1995年1月の演奏が、その集中度に於いて最も印象的でした。

しかし、このボンガルツ盤を聴いて、更に新たな衝撃を受けました。この演奏は、只ならないものです!複雑なテクスチュアの細部まで神経を通わせつつ、テンポや音量のコントロールが見事に決まっているのです。

考え抜かれたドラマが粛々と進行するマーラー。殊更、力瘤を入れたところがありません。しかし、ここぞという場面では、エネルギーを思い切って炸裂させるのです。


分裂質の中に浮かぶシニカルで不吉な微笑、世紀末の淀んだ時間・空間に生き物のように蠢く旋律。様々な心象が音化されていく瞬間、それに釘付けになっている自分に気付く・・・。

アルマの主題がこれほどに深く、訴えを持って高らかに歌われた演奏を他に知りません。もう、ここを聴くだけで、居ても立ってもいられなくなります!必要とあらば内声部をレントゲンの様に浮かび上がらせたり、初めて聴く様な部分が頻出するのです。


どうしたら、こんな演奏が出来るのでしょうか?もっと、ボンガルツの演奏を聴いてみたいという衝動に駆られます。

この演奏は、決して奇を衒ったものではありません。アプローチとしてはオーソドックスだと思いますが、極めて高い次元でボンガルツがマーラーを再構築して見せてくれるのです。

この録音は1969年6月30日、ライプツィヒ・ベタニア教会での放送用スタジオ録音です。鮮明なステレオ録音で、教会の残響も美しいです。

最晩年、手兵ドレスデン・フィルとのベートーヴェン「エロイカ」やR.シュトラウス「ドン・ファン」の録音もあるので、是非、聴いてみたいと思っています。

ベートーヴェン・交響曲第7番


ベートーヴェン・交響曲第7番
クレンペラー指揮/フィルハーモニア管弦楽団(東芝EMI TOCE-6114)

今、話題の「のだめカンタービレ」でよく使われている曲です。
「のだめ」で流れている演奏は誰のものか知りませんが、第1楽章の出だし、なかなか良い演奏だと思います。
すっきりとして、格調の高さがあって・・・誰のでしょうね?

さて、本題のクレンペラーです。
第一音から物凄い気迫を感じる演奏で、遅いテンポはクレンペラーならでは。よくもまぁ、このテンポで押し切れるものだと、それだけでも感服します。
鋼鉄の様な意志の力が全曲を貫いて・・・恐ろしく堅牢で巨大な音の建造物。

《大英帝国が誇る19世紀の巨匠クレンペラー》

仰ぎ見るような見事なベートーヴェン、EMIが録音として残してくれたことに感謝したいです。この圧倒的な演奏を聴いてしまうと、他の大抵の演奏がせせこましく聴こえてしまうことも確かです。

曲に対する観点や精神力がまるで違うとしか言い様がない、驚くべき第7番。これは聴かないと損しますよー。

ベートーヴェン・交響曲第3番「英雄」


ベートーヴェン・交響曲第3番「英雄」

ベートーヴェンの交響曲の中で、私が一番よく聴く大好きな曲です。
雄渾そのものの音楽!ナポレオンへの憧憬がかくも素晴らしい交響曲を生むとは、本当に驚きです。この創造力のパワーは、並大抵ではないですね。

しかし、当のナポレオンが皇帝に即位した為、激怒したベートーヴェンはナポレオンへの献呈辞が書いてある表紙を破りとったという逸話が有名ですが、ウィーン楽友教会に現存する浄書総譜にはその形跡がないとのこと。
表紙に書かれた「ボナパルト」という題名とナポレオンへの献呈辞をペンでかき消した上に「シンフォニア・エロイカ」と改題して、「ある英雄の想い出のために」と書き加えられているのです。

Sinfonia eroica,composta per festeggiare il sovvenire d’un grand’uomo


以下、楽章毎に私メの好きな演奏を挙げてみます。1~4は勝手に付けた順位です。

第1楽章

冒頭の和音アタック2回、実に気迫と閃きを感じます!・・・新たな世界の始まり、胸が高鳴る主題の展開。

苦悩、戦い、沈思、憧憬・・・様々な心象が、大きなうねりを持って眼前に立ち現れて来ます。やがて困難は克服され、輝かしい勝利・自由へと突き進んでいきます。

まるで大空を滑空するが如く、遮るもののない自由な空間が出現するのです。

創造主が遥かな高みから俯瞰する様に、雄大な楽想がどこまでも広がっていきます。
気高き精神の芸術・・・ベートーヴェンの真骨頂ですね。

1.シューリヒト指揮/フランス国立
2.フルトヴェングラー指揮/ウィーン・フィル(52年11月)
3.カラヤン/ベルリンフィル(73年11月)
4.クナッパーツブッシュ指揮/バイエルン国立


第2楽章 葬送行進曲

真に魂を揺さぶられる音楽。この高揚感は尋常ではありません。クライマックスでホルンが雄々しく現れる部分は、何度聴いても深い感銘を受けます。
ブルックナーの交響曲第8番第1楽章にも、特に金管の旋律や扱いにこの曲の影響らしきものが感じられます。

1.カラヤン/ベルリンフィル(73年11月)
2.朝比奈 隆 指揮/大阪フィル
3.フルトヴェングラー指揮/ウィーン・フィル(52年11月)
4.シューリヒト指揮/フランス国立


第3楽章

中間部のホルンが聴きものだと思います。全楽章中、比較的地味な楽章だけに、逆に指揮者の力量が問われる処でもあります。

1.クナッパーツブッシュ指揮/バイエルン放送
2.シューリヒト指揮/フランス国立
3.フルトヴェングラー指揮/ウィーン・フィル(52年11月)
4.カラヤン/ベルリンフィル(73年11月)


第4楽章

雪崩れ込む様な開始から、ベートーヴェン流フーガの技法、自由な変奏曲形式で終楽章が生成されていきます。この生成のエネルギーは、無尽蔵に湧き出てくるかの様です。

この楽章、終結部をきっちり充実感を持って決め打ちするのが難しいのです。緩急自在でないと、うまく終わらない。私の聴いた範囲では、上手いのはシューリヒトを筆頭に、フルトヴェングラー(ウラニア盤)、カラヤンですね。シューリヒトはいつも決まりますが、フルトヴェングラーとて他の演奏では失敗しています。
ワルター、クナッパーツブッシュ、ギーレン、セル、クレンペラー、シェルヘン、ブッシュ、朝比奈 隆、マーク、ムラヴィンスキー、クリュイタンスと雖も、終結部は今一歩かと・・・。

1.シューリヒト指揮/パリ音楽院
2.シューリヒト指揮/フランス国立
3.カラヤン/ベルリンフィル(73年11月)
4.フルトヴェングラー指揮/ウィーン・フィル(44年12月ウラニア盤)


総合的に考えて、個人的にはシューリヒト指揮/フランス国立がベスト1と思います。ステレオで音質もライブ感が豊かです。
シューリヒトのベートーヴェンは、一時の感情に流されない、実に気高く均整が取れたものです。立体的で味わいが濃く、休符にも重要な意味があることを悟らせてくれます。

1.シューリヒト指揮/フランス国立
2.フルトヴェングラー指揮/ウィーン・フィル(52年11月)
3.カラヤン/ベルリンフィル(73年11月)
4.朝比奈 隆 指揮/大阪フィル

御礼!

2000アクセス、有難うございます!

温かく、見守って頂いて・・・本当にお蔭様です。

今後共、宜しくお願い致します。

プロフィール

Kapell

Author:Kapell
音楽は心のオアシス
オーディオは音楽の為に

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ